行事

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釋奠とは

琉球では1610年、久米村総役の紫金大夫蔡堅喜友名親方が進貢使の一員として中国(明)に渡った折り、曲阜の孔子廟を参拝し孔子と四配の絵像を持ち帰って、久米村の有志の家を輪番で式を行ったのが始まりです。明治になり廃藩置県が実施されて至聖廟の土地、建物などは国有化、那覇区への譲渡、そして久米崇聖会への譲渡と変遷しましたが、釋奠は那覇区の補助と久米村有志の拠金で続けられていました。第2次世界大戦の10・10空襲で至聖廟などの建物などが焼失して戦中戦後の混乱期には中止を余儀なくされましたが、昭和50年那覇市若狭の天尊廟地に久米至聖廟がようやく再建され釋奠が復活しました。

9月28日の釋奠の日には午前と午後に式が行われます。午前中は啓聖祠で、夕刻には大成殿で孔子や四配(顔子、曾子、子思子、孟子)への式を行います。大成殿と啓聖祠には豚、魚、鶏、菓子、果物、甘蔗、帛(はく:絹織物)、爵(しゃく:酒)などが供えられ、琉球王朝時代の黒朝礼服に身を固めた執事により式典が行われます。

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