程順則頌徳碑(天尊廟地)

程順則

日本人の道徳の基礎となった「六諭衍義」を持ち帰った教育者

程順則(1663~1734)
紫金大夫、久米村総役、三司官座敷、名護間切総地頭職となった人です。1718年に琉球最初の公立学校となる明倫堂を建設し子弟を教育しました。

勉学、外交のため中国(清)に渡ること4度、日本人の道徳の基本となった「六諭衍義」を福州から持ち帰り、琉球に広め、さらに薩摩を経由して徳川幕府に献上しました。将軍吉宗は幕藩体制を支える道徳律としてこれを和訳させ日本国中に広めて、程順則の名は国中に知られることとなりました。

「六諭衍義」をやさしく説き、人が人として守らなければならない六つの教え(六諭)を、琉歌の「いろは歌」に詠み、普及にも務め、名護聖人と呼ばれた人格者、教育者です。また、琉球と中国福州間の航路や気象、観星などを記した「指南広義」を著し航海の安全をならしめました。

頌徳碑は若狭の天尊廟地の小高い場所に設置されています。

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